シャングリラのウィキです

《Canon's SS "Im Fegefeuer"》

 夢の話をしましょう。詰まらない話でしょうけれど、少し聞いてくれるなら嬉しいです。

 さて、夢の話といったけれど、夢そのものの話の前に、私が生まれた村の話を軽くしておきましょう。
 名をパラス村という、素朴な辺境の漁村。それが私が生まれた村だそうです。人口は200人かそこら、漁村という事もあって主産業は漁業と僅かな農業、という事だとか。土地が余り肥えていなかったということですし、今でも草さえあまり生えていないから実際そうなのだと思いますよ。
 過去形の理由? だいたい、あの……そう、『メラ村』と同じ。もう存在しない、今はかつて村だった無人の家が数件、後は港だった場所の意向が残っているだけの場所だからです。

 私の夢は、あの村の全ての人が、広場に集められたところから始まります。
 早速種明かし……って言ったら面白くないけれど、結局夢と言いつつ過去起きた出来事を延々と見ているわけですね。
 何故呼ばれたのか、ってことをほぼ全ての村人が判ってないのは当時から見えていました。その上で、それでも、彼らの中に反逆者はいると、当時の私は思ったわけです。思い込み、って怖いものですよね。

「貴方方には、『反逆軍に組し』、『この国の最重要資源である天恵を持った人間の命を危険に晒し』、『国益に多大なる損害を与えた』容疑がかけられています。心当たりは、おありですね」

 告げられた言葉に、どよめきが広がりました。当然ですね、あの村の人たちは恐らく無実だったのですから。あの時の彼らの顔も、姿も、声さえも、克明に思い出せます。
 だって私は、それ以前の姿を知らないのだから。それ以外の姿を知らないのだから。
 こんな寒村で、村人たちが生きていくだけでも精いっぱいの土地で、彼らが反逆軍に差し出せる物などありはしない。ただでさえ余裕がないうえに、さらに問答無用の重税が掛かるのだから、仮に彼らが本当に反逆軍に組していたとしても、魚の一匹出してもてなすことさえ彼らには厳しかったはずです。

「この国の王たる陛下の御名の元に。この国の尖兵の一たるカノン・アイガーが、告示します」

 再びざわりと周囲に広がるそのどよめき、その意味が、今ならば判ります。
 あの・・アイガー家の二女だ、と。よりにもよってこの村の出身者が、この村を消すために遣わされたのだ、と。平和な村に突如訪れた第二の衝撃は、いかほどだっただろうか。推し量る事さえ、難しいです。
 そうして、過去の私は、住民たちの感情の一切を無視して。

「今この時間をもって、貴方方全員の住民登録を抹消し。不忠なる者への断罪を、執行します」

 鋼のように、氷のように、機械のように、彼ら村人への処遇を、端的に告げたのでした。


 その先の事を、口に出す必要はあるでしょうか。ある? では、簡潔に。

 カノン・アイガーは、パラス村のほぼ全ての家屋を燃やし尽くし、ほぼ全ての村人を手に掛けました。

 父親だったかもしれない男性も、母親だったかもしれない女性も、兄だったかもしれない青年も、妹だったかもしれない少女も、恩師だったかもしれない老人も、温和そうな老女も、誰も彼をも、無抵抗であろうとも逃げ出そうともその場限りの抵抗を試みようとも何をしようとも、その場に居た皆を、槍で以って斬り尽しました。

 ほぼ全て、と称したのは、家屋に関して言えば、弔いのために再訪した時に、村の辺境の方にいくつか燃えずに残っている家があるのを見つけたから。村人に関しては、少なくとも二人、止めを差せずにいたからですね。
 その相手? 一人は、単純に見落とし。台帳と照らし合わせて、どこかに居たらしい一人を斬り損ねた事を知ったわけ。結局行方不明かつ生死不明、ってことで処理しました。今どこにいるのかも知らないけど、生きてるのかしらね。
 もう一人は、あの村の教会の神父様。最後の最後に、教会で向き合って、彼の最期の言葉を受けた。その後に彼を斬ったのだけれど、止めを差せなかったのです。己の死の直前まで、微笑んでいられた彼が、なぜそのような事が出来るのかわからなくて、怖かったのです。単純に。仕事として殺さないわけにいかないから、一撃でバッサリ袈裟懸けに斬って、もうその場に居たくなくて教会から出て火をつけました。結局彼は死んだと思うけど、止めをさせなかったせいで結局酷い目に遭わせてしまったであろうこと、実は後悔しています。


 いつもだいたいそういう所で夢が終わるから、ここから先は、今の話。
 疑問が残るわけよね。何故私が遣わされたのが、あの村だったのだろうと。
 疑問が、増えていく。何故平民出身の親衛隊員が、その出身地に遣わされる事例が散見されるのだろうと。

 そうして、結論。もしや、己の忠誠を試されていたのではないだろうか? あるいはその為だけに、パラスの村の人々は、殺されてしまったのではないか? と。
 もし本当にそうだったとしたら、彼らは無意味に死んだようなものだし、私はどうするべきだったんだろうね。

 体制側からの視点で、敢えて言い切りましょう。この国の平民は、潜在的に圧政への反感を持つ。それはもはやどうしようもない、600年も続いてしまった悪政の結果として受け入れるしかないと思います。
 虐げられた者は、それがおかしいと気づいてしまえば、もう元の状態には戻れないものです。だからこそ、100余年にわたって反体制勢力が生き延び続けてきたのでしょう。
 そして、体制側とて馬鹿ではありません。体制に逆らうものは芽のうちに潰しておかなければならないという考えを持つのは自然なことで、その為に手を打つのは当然ですよね。それに加えてどこの馬の骨とも知れない輩の忠誠を測れるのならば、まさに一挙両得という所。もしも親衛隊員がそれを為せばよし、為さなければ諸共に焼き尽くすのみ。何とも体制側からすれば合理的に思われる、鬼のような所業でしょう?

 さて、じゃあ、こんな話を何故長々としたのかを明かしましょう。結局一言で済むんだけどね。

『こんなことで嘆くのは、私の代で最後にしたい』

 それが、結局のところ、私がグライザ様に付いて行くと決めた個人的な理由なのです。
 私のような者を二度と産まないために、家族を殺されて嘆き悲しみ恨む者が二度とその激情に身を任せずに済むように、この国を変えなければいけない。
 彼の悪王を廃し、法を変え、教育を変え、国のために民が自発的に生きられるように、また逆に民のために国が在れるように、変革をもたらさねばならない。そう結論付けました。
 だからこそ、もう止まっている時間はなく、一刻も猶予もないのです。解けた縁を繋ぎ直し、新たな縁を紡ぎ。出来るときに、出来るだけの事をしなければならないのだから。主のためにも、己自身のためにも。

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