血腥い臭気が、一帯を満たしていた。
曖昧な意識、糢糊とした自己のまま、ベルカインは見知らぬ場所に佇んでいた。
目につくものは足元をてらてらと濡らす血糊だけ。
それ以外には何も見えない。きっと、見えない以上そこには何もない。ここはそういう場所なのだと、薄らとした意識が悟った。
�燹宗塾∪擇襪里���
聞き慣れた声に振り返ると、一人の男が立っていた。
陰鬱な顔。枯れた声。だらりと降ろした手は血塗れで、破けた皮膚、刮げた肉の下から骨が露出している。素手で頭蓋を擲る代償。いったい何人を屠ればそうなるのかは、身をもって知っている。
粛清者ベルカイン――かつての自分が、
思い出せ、と過去が言う。お前は一人でも多くを救うのではなかったのか。
今までの堆積。十数年信じ続けた想いが、今更になって進路を変えた自分の胸を刺す。
�燹宗祝榲�に、裏切るつもりなのか��
死にたくないと泣き縋る人々を、これが最善だと殺めた罪を。
死なせることでしか守れないと、覚悟した過去の自分自身を。
「僕は――」
今度こそ手を差し伸べると決めた。拳を振るうのは殺すためでなく、生かすために。
だが過去がそれを許さない。粛清者として積み上げた死と罪と業の所在を突きつけ、吠えるのだ。今更降りることなどできまい、否、させてたまるかと。
分かっている――分かっているとも。
懺悔して赦されることではない。取り繕える罪でもない。だから言い淀んだ。返すべき言葉、持つべき答えを持たない愚か者に、過去は憤怒した。
血に濡れた手が、ベルカインの頸を掴みあげる。弾性のチューブが破裂しかねないほどの強い圧迫に、声もなく苦悶した。首を絞める手を剥がそうともがいて、気がついた。
ない――ないのだ、腕も、足も、何も。先程まで知覚していた、当たり前にあるはずのモノが何もない。喪失感さえ持てない急変、あるいは愛着の不在。笑えるほどの空虚。ここにはヒトの残骸と、それを罰する残影しかない。
「は……」
笑い声は果たして今昔どちらのものだったのか――
それを判別するより早く、閉じた意識が覚醒した。
「……夢」
確認するように呟くと、地声に代わって、くぐもった電子音声が溢れおちた。
次いで手足を確かめる。マットグレイの鋼鉄。変わりなく、代わりあるもの。
夢は覚めたのだと安堵しようとして、しかし、ベルカインは黙考した。手は自然と導かれるように首をさする。裏切るのかと、あの泣くように憎悪する声が頭から離れなかった。
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